僕のついて無い日について
全身をびしょびしょに濡らして、ホースのノズルを握りしめたまま僕は突っ立っている。本当は今すぐ暴れたい気分だけど、バイト先なのでなんとか踏みとどまる。足元ではノズルを無くしたホースが、行き場のない水を撒き散らしながら僕の代わりに暴れている。
「今日はついて無い。」
僕は朝見た占いを思い出す、割といい方だったはずだ。
スーパーの肉切り場。僕のバイト先。最近水撒き用のホースが壊れたようで、ノズルとホースの接続部分が掃除中に唐突に外れることがある。今日は外れたのはこれで3回目。新しいのに変えて欲しいのだけれど、どうもこのホースは社員さんに媚を売っているようで、社員さんのいる時に外れるなんて事は今まであった事が無い。確かにこのホースよりも僕の方が後輩だけれど、全身をびしょびしょにされる程恨まれる覚えはないぞ。
悔しい。なんだか悔しい。
黙々と怒りを噛み殺しつつ僕は仕事に戻る。考えているのはつい先日の失敗のこと。悔しさは過去の悔しさをいつの間にか引っ張ってきていた。
あゝ思い出させないでおくれよ。今はやめてよ。なんで今なのさ?
一度始まったら芋づる式にどんどんと悔しさが掘り出される、大きな芋にたどり着くまでにそんなに時間はかから無い。最近出来た特大のお芋に目を向けまいと、より一層仕事に取り組む。
掃除は終わり。あとは社員さんのチェックを残すのみとなった時。
「まあ、いいでしょう。」
鼻に付く一言だった。特に意味も無く付いたであろう「まあ」や、「いいでしょう」がお腹の中で渦を巻く。頭の中で良い解釈と悪い解釈が生まれて、良い方を選ぼうとしたけど、結局出来なかった。
早足で着替えて外に出る。いつの間にか暗くなっていた空から、まるで夏の夜かのような湿った空気が降りて来ていてドアの外で待ち構えていた。それは僕の肺と心を湿っぽくさせる。
まだ夏を受け入れる気にはなれないよ。
懐かしい匂いや湿度が僕の力を抜きそうになるを小鼻の筋肉に力をギュッと入れて、なんとか涙の出口を塞いだ。
ここで泣いたら、水が掛かったせいで泣いてるみたいなるじゃないか!
関係ない悔しさまで引っ張り出してきた自分の心を恨む。自転車を漕ぐたびに湿った空気が僕の中を通り抜けて、励まし言葉を残していく。肺に残った優しさを吐き出そうとため息をつこうとしたけれど、一口づつパクパクと息を飲み込むので精一杯だった。 泣かない、泣けない自分を滑稽に思う。
「あーあ、今日はついて無いや。」
なんとか口に出来た言葉を、心の中で何度も唱えながら家に帰る。本当に夏みたいな夜だ。