地下鉄の洞窟について
地下から吹き上がってくる風、ビュービューと結構な勢いである。まるで僕の侵入を拒むダンジョンのようだ。
洞窟の奥に潜むドラゴンの寝息。
そう考えるとただの通勤も少しは心を踊らす冒険になるやもしれない。
最近引越しをしたので出勤に地下鉄を使うようになった。地下というのは面白い。
僕の頭上では誰かが普通に生活している、僕が地面の下にいるとも知らずにいつも通りの生活をしているのだ。不思議な感じだ。秘密基地みたいで楽しい。地底人がいたとしたら彼らはこんな気分なんだろうか…。
地下鉄のトンネルを見るたびわくわくする。真っ黒に口を開けたトンネル、側面には電気配線やなんらかの菅が並んでいる。それらが綺麗に直角に折れていたりするからかっこいい、効率的な配置。時折暗闇の向こうから吹いてくる生暖かい風、轟音をあげて近づいてくる電車。
それらが僕をわくわくさせる。僕を僕の人生の主人公としてやたらと囃し立て、物語を作らせる。
ああ、冒険したい。
懐中電灯で足元を照らしながら、大きなリュックを背負って、暗い洞窟を探検するようにトンネルを進みたい。小さな物音や後ろから感じる謎の威圧感にビクビクしながら、それでも振り返らずに進んで行く。小さな灯りの下で食べるお弁当は何がいいだろうか?きっと普段の何倍も噛みしめるだろう。臭くて汚い水溜りでビチョビチョになったり、懐中電灯が電池切れで真っ暗になったり、そんなアクシデントがあればなお冒険らしいぞ。そしてどこかにたどり着いて地上で太陽の光を浴びた時、僕は一体どんな気持ちになるだろう。
ああ、素敵だ。胸が高鳴る、冒険!
でも残念なことに、僕はその物語の主人公には少し歳を取りすぎている。僕の人生の主人公の僕が言うのだからどうしようもない。どうしようもないのだ。僕は自分が思っているより、幾分大人になってしまった。
はあ。
小さなため息で折り合いをつける。素敵な物語を丸めて暗いトンネルに向かって投げつける。コロコロと軽い音がした。
反対側から電車がやって来た。やはりこいつはドラゴンではない。
乗り込み窓の外をみた。電車の中から見る限りそれはただのトンネルだ、少なくとも今は電車が通るためのただのトンネルだ。