じっと手を見る

毎日に気づきと発見を 日記っぽいエッセイ

クリスマス見学

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 子供達の枕元にサンタクロースがやって来る頃、僕は駅から家までを全力で走っていた。

 

 駅からは一目散に帰ったが、実は同じ電車に乗っていた人たちの中で一番最後に改札を出た、というのはなんだか家に帰りたくなかったからで、これはまずいぞと思った。本当に帰りたくなくなって徘徊でもしでかしそうなくらいの熱気が自分の中でまだ渦巻いていたので、一目散に家まで逃げ帰ったのだ。

 

 事の起こりはバイト終わりに偶然にも大学時代の友人に出会った事による。彼は今東京で活動しているのだが、クリスマスは家族と過ごすのが恒例の行事らしくたまたま大阪に帰省していて、しかも僕のバイト先のすぐ近くで食事をしていたらしくちょうどいい具合に出会えたのだ。

 

 驚いて、それこそ息が止まるほど驚いたのだけど、声をかけると向こうはそこまでではないらしく何だか拍子抜けした。彼曰く、「会えるんじゃないかと思ってた」らしい。超然的である。

 

 よってクリスマスイブは彼と一杯やることになり、僕たちは夜の新梅田食堂街に吸い込まれて行った。彼が好きそうだと思ったので僕が案内した。僕たち二人の波長が一番会うとすれば、恐らくこうした冒険心にあるだろう。

 

 新梅田食堂街の魅力は計り知れない。ガード下に所狭しと並んだ飲食店、迷路のような通路、低い天井、角を曲がるたびに匂いが変わり食欲をそそる。電車が通るとそこら辺中が揺れ、真上を電車が通っているのを感じながら酒を飲む。

 

 しかし、そこを真っ直ぐ抜けた先は阪急百貨店の真下になっていて、教会のように高い天井の下を沢山の人が行き交っているのだ。そちらはすごく文明的で明るいく、まるで食堂街とは質がちがうハイソな空間。人の流れがあるとするなら、間違いなくそちらが本流なのだろう。だがやはり人の熱気で言えば、安っぽくて暖かくて何だか懐の深さを感じる食堂街の、あの小さな入り口から流れ出ているものの方が熱いのだ。 この二つの空間を行き来するのは、色の違う川がぶつかるのを見ているようで本当に楽しい。

 

 こういう小さな冒険が二人とも好きで、熱気を求めて当てもなく彷徨うことを彼が大阪にいた頃は二人でよくやっていた。

 

 飲みながら彼の東京での話を聞いた、面白かったのは渋谷のハロウィンだ。毎年テレビで見るあれに彼は今年突入して見たらしい。野次馬である。その話に何だか憧れてしまった僕は気づく。今日がクリスマスイブなのだと。僕も熱気渦巻く街を野次馬して見たくなったのだ。彼を誘うと快くオーケーしてくれた、まあもっとも断られるとは微塵も思っていなかったけれど。

 

 僕たちは食堂街を出て阪急百貨店の下を抜けた。雨が降る中、小走りに信号を渡り繁華街を練り歩く、クリスマスイブを野次馬しに行くのだ。

 

 沢山の人の群れに逆らうように進んで行く、それだけでも十分クリスマスイブという祭りの雰囲気を楽しむことができた。みんな楽しそうではあるが羽目を外して騒ぐような人はほとんどいない、クリスマスの厳かな雰囲気も残しつつ楽しんでいるようだ。野次馬しにきた身としてはもっと白熱していても面白いと思ったけれど、祭りの雰囲気を感じて歩くのもまた一興である。

 

 野次馬根性として、キャッチには積極的に引っかかる。どんな物語があるか分からないからだ。そして金が無いから決して引っかかったりはしない。だがクリスマスイブのキャッチは面白かった。

 

 繁華街を奥まで歩くと何やら怪しげな店もちらほら出てくる。どうやら抜け切った先にはラブホ街があるらしく周辺に風俗店が多いようだ。最初のキャッチキャバクラのお兄さんサンタだった。
「お兄さんたち!キャバクラいかが?お姉ちゃんいっぱいだよ!」とサンタさんが言うので何だか笑ってしまった。こちらが、
「サンタさんはそんなこと言っちゃダメですよ」というと、
「お兄さん達に夢を配るのが、サンタクロースの仕事ですから!」と胸を張られた。随分と大人になってしまったなと思った。

 

 数十メートル置きにキャッチのお兄さんが立っていていろんな声かけをされた、どの人も気さくで面白い。一人だけ全く声を出さずに全力で体を使い、仕草だけで無料案内所に連れ込もうとするお兄さんがいて、舞台に立つ俳優としてあの身体表現は好印象だった。

 

 残念ながら繁華街を抜けてしまうと面白いものは無くなった。雨も強くなってきたので今日は大人しく帰ることにした。帰りがけに彼に明日の予定を尋ねると明日も時間があるらしい。そしてその明日というのはクリスマスであるのだ。さらなる熱気を求め明日は道頓堀を二人で野次馬することを約束して別れた。

 

 自宅の最寄り駅ついたのが日付けが変わる直前。体の中の熱気と明日へのワクワクで帰りたくなくなって仕方なく逃げ帰った。そして今年のクリスマスから趣味に野次馬を追加することを決めて、なんとか眠りについた。